タイトル | スーパー・セレクション(Super Selection) |
アーティスト | 日暮し |
レーベル/番号 | ビクター音楽産業(invitation,VIH-28049) 1981年 |
一生聴き続けたい愛聴盤である。
大学を卒業して間もない頃、宇都宮のデパートに勤める同期の友人を訪ねた。レコード売場が改装かなにかで半額セールをやっていることを聞き、友人の仕事が引けるまでの時間潰しに数枚選んだ中の一枚で、ジャケットを飾るボーカルの榊原尚美の姿に引かれて購入した。
「日暮し」の代表曲といえば『い・に・し・え』が有名で、「遠い、いにしえの恋の想い出に」で始まるメロディを聞けば殆どの人が「ああ、あの曲か」と思い出すのではないだろうか。私もこの曲だけは知っていたが、不覚にも「日暮し」のことは知らなかった。
このグループの真骨頂は、女性の視点から語られる文学的で叙情的な曲想で、聴く人の頭の中にはっきりと現れる情景描写に優れた特長があると思う。『い・に・し・え』」は少々哲学的過ぎて適合しないのだが、このレコードの中で特に私が好きなのは『オレンジ色の電車』『場面』『日傘』の3曲。
『オレンジ色の電車』は、踏切近くで待ち合わせをする主人公が、オレンジ色の電車が通り過ぎた後、両手を広げた彼が線路の上をふらりふらり手を振って笑いながらやって来るのを見て、会ったら言おうとしていた小言も忘れ、自分も両手を広げ線路の上をふらり何処までも。といった曲で、私が書くと陳腐で恥ずかしくなるが、実際の歌詞・メロディーは揺れ動く乙女心を巧みに表現して「こんなデートがしたかったなあ」と素敵な疑似体験をさせてくれる曲である。
『日傘』は、ストリングスが入り郷愁をくすぐる幻想的な曲。帰郷をテーマにした邦画の挿入歌として是非使って欲しい。
一番好きな曲が『場面』。キャッチャーなメロディーと、切れのいいボーカル、かっこいいギターの間奏。タイトルが示すように情景描写が際だつ。
『場面』にちなんで、最近うれしいことがあった。
「日暮し」のリーダーであった武田清一氏は、現在、国立市でボーカルを中心とした音楽を聴かせるカフェ『シングス』を経営しているが、『月刊誌ステレオ』(音楽之友社、2014年7月号)の「音の見える部屋」に武田氏のリスニングルームが紹介されていて、オリジナルLP『記憶の果実』のB面1曲目『場面』の音源をリファレンスにしているという記事があった。「スタジオの現場でその音が耳に焼き付いているので、自分の基準になっている」という。音作りにしっかりこだわってレコーディングしていたということが、「日暮し」の大きな魅力であると思う。
いつの日か、この『スーパーセレクション』を持参して国立の店を訪れ、武田氏の考えるオリジナルの音を体感したいというのが、私の夢である。
[参考文献]
・『月刊誌ステレオ』(音楽之友社、2014年7月号)