2005年に25年使い続けたスピーカーをグレードアップしてから、新しいスピーカーの奏でるLPレコードの世界に魅せられてしまった。ルディ・ヴァン・ゲルダー(Rudy Van Gelder)という録音技師がカッティングしたジャズ・レコードを知るようになってからは、ますます深みにはまるばかりである。
彼がカッティングしたものはレコードの内周に必ず刻印を残しておいてくれているという。私のバイブル、山口克巳著『LPレコード再発見』(誠文堂新光社、2003)によると、内周の刻印は、おおまかに、3種類に分けられるといいます。これ以上簡潔な説明は私には無理なので、原文のまま以下に掲載させて頂くことにします。
■最初の形式はレコード番号と「RVG」が手書きで、当然、純粋なモノーラル・カッティング(56年頃まで)。
■次は、「RVG」の刻印で、ステレオ盤には同じ大きさで「STEREO」の刻印も入っている。よく見かける最もポピュラーな盤で(61年頃まで)、この時期はモノーラルはモノーラル用、ステレオはステレオ用のカッティングヘッドを使っているようだ。
■次のパターンは「VAN GELDER」の文字を小さく、ステレオ盤には「STEREO」の刻印が打ってある(ないものもある)。ステレオがあたり前になってからのカッティングで、モノーラルもステレオもステレオヘッドでカッティングしているものと思われる。
- 山口克巳著『LPレコード再発見』(誠文堂新光社、2003)
スピーカーをグレードアップしたおかげで、LPレコードの魅力を再発見、その気持ちズバリな山口克巳氏の著書を発見。その本でルディ・ヴァン・ゲルダーと出会い、刻印付きの安価なレコードを求めて中古レコード屋を徘徊するというスパイラルに陥ってしまった。
あまり鮮明ではないですが、刻印の画像を紹介します。刻印のあるLPレコードの内周とは、音溝の終端とレーベルの間の大体このあたりのことです。
上の例では、レーベルの右下を刻印の位置として指していますが、レーベルの回り360度のどの位置に刻印があるかは様々です。それは、本来レコード盤に上下はありませんが、レーベルを貼る時に上下を決めるのは人手によるので、刻印がどの位置にくるかは不定です。
まず手書きの「RVG」です。バド・パウエル(Bud Powell)『The Amaging Bud Powell Volume.1』(BLUE NOTE、BLP-1503:直輸入盤)の刻印で、手書きだけに大きさは統一されないでしょうが、幅約11mm、高さ約3mm。
「1956年頃までのモノーラル・カッティング」のレコードなど金に飽かさない限り、そうそう手に入れることはできません。
次は「RVG」のモノラル盤のスタンプ。マイルス・デイヴィス(Miles Davis)『リラクシン(RELAXIN')』(Prestige、7129)の刻印で、幅約12mm、高さ約3mm。手書きRVGとほぼ同じ大きさです。
ステレオ録音の「RVG STEREO」のスタンプです。『アート・ブレイキー & ジャズ・メッセンジャーズ(Art Blakey & The Jazz Messengers)』(BLUE NOTE、BST-4003)の刻印で、幅約21mm、高さは少し低く約2mm。「よく見かける最もポピュラーな盤」とありますが、このレコードも高価なものが多く、なかなか手が出せません。
左が「VAN GELDER」の刻印で、幅約12mm、高さ約1.5mm。右が離れたところに打ってある「STEREO」の刻印。幅約9mm、高さ約1.5mm。例は、ホレス・シルバー(Horce Silver)『Song For My Father』(BLUE NOTE、BST-84185:直輸入盤)。
この「刻印VAN GELDER」が、新しいこともあり、中古レコード店に手頃な価格で数多く流通していて一番手に入れやすいと思います。
ルディ・ヴァン・ゲルダーといえば、ブルーノート(Blue Note)のオリジナル盤のイメージが強いのですが、プレスティッジ(Prestige)、サヴォイ(Savoy)、ヴァーヴ(Verve)、CTI(Creed Taylor Issue)といったレーベルに数多くの録音、カッティングを手がけたレコードを残しています。
私が今まで1枚のLPレコード購入にかけた最高額は8千円。その程度の投資では、ブルーノートのオリジナル盤に手が届くことなど、よほどの人気薄か難あり盤でなければ稀です。
しかし、それでもルディ・ヴァン・ゲルダーの奥深い世界に分け入ることは可能なのです。そんなB級マニアが出逢ったレコードを次ページから紹介したいと思います。
ルディ・ヴァン・ゲルダー(Rudy Van Gelder)氏は、2016年8月25日に91歳で生涯を閉じました。
彼は終生、一人の弟子も取らなかったといいます。宮大工で、「鵤工舎(いかるがこうしゃ)」創設者の小川三夫氏が「人づてによる技術の継承が途絶えても、良いものを作って残せば、後世に必ずその技術を理解する人が現れる」という趣旨の話しをしていました。ヴァン・ゲルダー氏も、RVGの刻印があるレコード盤に、引き継がれるべき音を根源的なアナログ音源という形で残しておいてくれています。私自身は技術的な理解までかないませんが、RVG刻印盤に出会ったら、次の世代へも引き継げるよう大事に扱っていきたいと考えます。
彼は壮大なる文化遺産を、我々にレコードという形で沢山残してくれています。微力ながら、その一端でも紹介できるよう努力していきたいと思います。
[参考文献]
・山口克巳著『LPレコード再発見』(誠文堂新光社、2003)