Overseas ~Tommy Flanagan

タイトル オーバーシーズ (Overseas)
アーティスト トミー・フラナガン (Tommy Flanagan)
レーベル/番号 プレスティジ(Prestige),PR7632
Overseasのジャケット表 OverseasのA面のレーベル
刻印VANGELDER OverseasのA面の刻印VANGELDER

恥をしのんで告白すれば、私はこの盤の価値をまったく知らないまま購入していた。


RVG刻印盤を、予算内で数枚ピックアップした後で、さあ、最後はどれにしようかで悩んだなかの1枚だった。地味なデザインのジャケットに珍品の香りを感じたことが選んだ理由だった。


トミー・フラナガン(Tommy Flanagan)というピアニストに、何となく取っ付きにくさを感じていたが、その理由が分からないままでいた。


『ジャズ批評:特集トミー・フラナガン/デューク・ジョーダン』(2009 NO.5/vol.151)に、フラナガンの唯一の弟子と言われている寺井尚之氏のインタビューが掲載されている。『まず、誰もが知っているスタンダードを中心にやる人とそうでない人がいますよね。フラナガンは徹底的に後者の人です』。これを読んだおかげで、取っ付きにくさの理由が少し分かった気がした。続いて『知らない曲を弾いているのに前から知っているように心が安らぐ、そういう演奏をしていた人なんです』。これについては、聞き込むにつれ徐々に実感している。人間は成長し続ける必要があるのだと、フラナガンから教わっているような気がしている。


本盤は、1957年8月15日、J・J・ジョンソンズ・クインテット(J.J.Johnson's Quintets)のメンバーとして、スウェーデンを旅していた際に、ストックホルムで初リーダー・アルバムとして吹き込まれたもの。クインテットのリズム・セクションである、ベースのウィルバー・リトル(Wilbur Little)、ドラムのエルビン・ジョーンズ(Elvin Jones)とのトリオ演奏。


以下が本来のオリジナル盤のジャケット。スウェーデンのメトロノーム(Metronome)社から3枚のEP盤としてリリースされたもの。

OverseasのオリジナルEPその1のジャケット OverseasのオリジナルEPその2のジャケット OverseasのオリジナルEPその3のジャケット

  (Metronome MEP311)      (Metronome MEP312)     (Metronome MEP313)




OverseasのオリジナルLPのジャケット表 左は、同じ57年にアメリカのプレスティジ(Prestige)から、ルディ・ヴァン・ゲルダー(Rudy Van Gelder)の手でLPとしてカッティングされたオリジナルアルバム(Prestige 7134)。版権の問題からか、70年代になるまで日本プレスが発売されなかったこともあり、幻の名盤として今でも高値で取り引きされているという。



田中コウブン様より、1960年頃に「オーバーシーズ」の日本盤が、日本ビクターからTOP RANKレーベル(レコード番号はMJ-7010/RANK-7006)で発売されていた情報を頂きました。田中様は、フェイスブックで「ジャズ道場 GROOVE」を運営されていて「B級グル名盤#132」に、そのTOP RANK盤のジャケット写真が掲載されています。

上の「70年代になるまで日本プレスが発売されなかった」という記述は間違いでした。ご指摘ありがとうございました。


そして本盤は、ジャケット下に「PRESTIGE HISTORICAL SERIES Original 1957 Recordings」とある通り、1969年に再びヴァン・ゲルダーの手でリマスタリングされたもの。

ジャケット表下の表記

ジャケット上の「(This Album Has Been ELECTRONICALLY REMASTERED For STEREO)」表記は、プレスティジ盤で良く見かけるもので、本来はモノラル用に録音したものを、擬似ステレオとしてリマスターしたもの。擬似といっても、以前「LPレコード余話」で紹介した『this is Pat Moran ~ Pat Moran Trio』のように楽器を左右にはっきり振り分けた不自然なものではなく、ステレオ感が自然な音場となっている。本盤は、音質、音圧ともに高レベルで、ブルーノートのオリジナル盤と比べても遜色ない迫力があると思う。

ジャケット表上の表記

旅先での初リーダー作でありながら、全9曲中6曲がフラナガンの自作曲。用意周到に準備されたアルバムといった印象を受ける。レコーディングに対して妥協しない姿勢、『Overseas』(海の向こう)というタイトルにも彼のセンスを感じる。


アルバム全体を通して素晴らしい演奏が続くが、私が一番感銘を受けたのはB面3曲目『ダラーナ(Dalarna)』。最初に聴いたとき、えも言われぬ懐かしさを感じたが、これも彼の自作曲でそれほど再演されていないと知りビックリした。1995年に弟子の寺井尚之氏がこの曲を取り上げたCD『Dalarna』(FLANAGANIA RECORDS TF-2)を発表したことに触発されて、翌96年にリリースしたアルバム『Sea Changes』(Alfa 3902)で、『Overseas』以来、久々に『ダラーナ』をとりあげたという。『Sea Changes』というアルバムタイトルにも意味深なものを感じる。この曲で、村井氏が指摘する『知らない曲を弾いているのに前から知っているように心が安らぐ』ことを強く感じ、フラナガンへの興味がさらに深まった。


『Dalarna』について、本盤で気になるところを見つけてしまった。ジャケット裏のメンバー&曲目紹介の欄である。

ジャケット裏の曲目

「Side B」の3曲目が『DELARNA』と表記されている。スウェーデンの一地方、ダーナラ県から曲名を取っているので『DALARNA』が正しく、誤植と思われる。こんな名盤に対し「重箱の隅をつつくようなことをして」と非難されそうであります。


同じ『ジャズ批評』(2009 NO.5/vol.151)に、『私の好きなフラナガンの3枚』という特集記事があり、17人が好きなアルバムを3枚ずつピックアップしている。そのうちの8人が『オーバーシーズ (Overseas)』を挙げていて、8人のなかの2人が、本盤と同じリマスター盤を掲載している。私も出会っているので、それほどレアな盤ではなさそうである。


『Overseas』のRVG刻印は、前述のプレスティジ・オリジナル盤(Prestige 7134)と、本盤のリマスター盤(Prestige 7632)の2種類しか存在しないはずである。オリジナルは激レアで、20万は覚悟しないと手に入らないと聞いた。本盤は何と税込926円の3ケタで手に入れた。


トミー・フラナガン入門としても、ピアノトリオ入門としても、ジャズ入門としても、録音優秀盤としても、期待を裏切らない名盤である。もし本盤を見つけたら、絶対に手に入れるべきである。


[参考文献]

・『ジャズ批評:特集トミー・フラナガン/デューク・ジョーダン』(ジャズ批評社、2009 NO.5/vol.151)

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